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Saul Bass-ロゴデザイナー

ソール・バス (Saul Bass) – コマーシャルアートのピカソと呼ばれた巨星

Saul Bass-ロゴデザイナー

みなさんが関心があるのはどの分野でしょうか?映画やアニメ、ゲームなどのタイトルデザイン。CM動画やプレゼンテーションで目にする動きのある文字(キネティック・タイポグラフィ)。ミニマルで記憶に残るコーポレートロゴ。それともビデオクリップやショートムービーなど映像本編の製作でしょうか。

いずれにしても、これらすべてにソール・バスの足跡をたどることができます。ソール・バスは、映像体験から企業ロゴまで多大な功績を残した20世紀最大級のグラフィックデザイナーで、コマーシャルアートのピカソとも呼ばれました。

 

タイトルを価値あるものへ -「映写技師はタイトルの前に幕を上げること」

フィルム缶

デジタル配給がおこなわれるようになる前は各映画館に丸い保存用の缶に入ったフィルムが送られていました。1955年、オットー・プレミンジャー(Otto Preminger)監督の新作『黄金の腕』(The Man of the Golden Arm)が映画館に届いたとき、その容器に貼られていたメモには「映写技師はタイトルの前に幕を上げること」とありました。

当時は、映画の本編が始まる前にまず出演者や監督・スタッフなどの名前(クレジット)が紹介されるのが一般的でした。今ではもっぱら本編後のエンドロールという形になってしまいましたが、日本のテレビドラマやアニメでは今でも本編前にクレジットが表示されます。ともかく、50年代中頃までのオープニングクレジットはどちらかといえば「お約束」のようなもので、製作者は特に力を注ぎませんでした。観客も、映画が始まる前のポップコーンを買いに行く時間と考えていたので、タイトルバックが流れている間はスクリーンの幕が上がっていないこともよくあったようです。

『黄金の腕』の缶に貼られていたのは、そのことに対する製作者からの注文でした。なぜならソール・バスがデザインしたオープニングシークエンスは、本編と密接につながりを持っていたので、映写が始まった瞬間には幕が上がっていなければならなかったのです。

 

タイトルバックに新たな命を吹き込んだ『黄金の腕』

オットー・プレミンジャー監督は社会規範に照らして微妙なテーマを果敢にとりあげる挑戦者でした。暴力シーンに制限が加えられていた時代にもかかわらず、『黄金の腕』は麻薬中毒者を主人公にした問題作でした。トランプ賭博の腕前から「黄金の腕を持つ男」と呼ばれた男は足を洗ってジャズドラマーを目指しますが、麻薬に翻弄されます。

ソール・バスは極太の白い直線とクレジットを動かすことで、それまでになかった強く印象的なオープニングシークエンスを本作品のために創造しました。映画タイトルバックに新時代をもたらしたのです。

『黄金の腕』のタイトルバック (via YouTube)

テーマ音楽、これもまた初めてモダンジャズを全面的に採用したものでしたが、そのモダンかつ不穏な調子の曲に合わせて、クレジットとともに白い線が現れては消えていきます。本数が増えては減り、時には左右に、時には上下に伸びては消えていく白線は、最後にはひとつにまとまり、1本の腕となってシークエンスが終わります。その切り絵のような腕は、賭博師への呼び名を連想させると同時にドラマーの象徴です。腕が角ばってねじ曲がっているのは、中毒者の混乱した支離滅裂の状態を暗示していました。

同時期の映画を観ると、『ローマの休日』(Roman Holiday、1954年)や『エデンの東』(East of Eden、1955年)といった名作でも、ローマやカリフォルニアの風景がクレジットの背景(タイトルバック)として流れているだけです。映像もテーマ音楽も美しく、タイポグラフィが無造作に扱われているわけではありませんが、『黄金の男』や『悪徳』(The Big Knife、1955年)などソール・バスのタイトルシーケンスと比べるとその違いは歴然としています。

『悪徳』のタイトルバック (via YouTube)

 

『北北西に進路を取れ』で初めてキネティック・タイポグラフィを使用

タイトルデザインで評価を得たソール・バスは、プレミンジャー以外に、スタンリー・キューブリック、アルフレッド・ヒッチコック、マーティン・スコセッシなど米国を代表する監督をはじめ、数十本の作品でタイトルデザインを担当しました。

ヒッチコック監督の『北北西に進路を取れ』(North by Northwest、1959)は、キネティック・タイポグラフィが映画のタイトルバックに使われた最初の作品と言われています。

『北北西に進路を取れ』のタイトルバック (via YouTube)

画面にゆっくりと現れたグリッドに沿ってクレジットがスライドイン・スライドアウトを繰り返します。映画のタイトルはワードロゴのような仕上げです。パフォーマンスの高いハードとソフトが簡単に手に入る現在から見ると、グラフィック的には平面的で素朴に見えますが、導入部から本編への巧みな「流れ」からは、仕上げやデザイン処理とは別の、アイデアやストーリーの本質というものについて多くが学べるのではないでしょうか。

プレゼンソフトのアニメーション効果もAdobe After Effectsなどのエフェクトも、そのルーツはソール・バスのタイトルグラフィックにある、といっても言い過ぎではないのかもしれません。

猫好きの方には『荒野を歩け』(Walk on the Wild Side、1962)をおすすめします。見慣れたペットにもこんなに優美で野生的な面があったのか、とハッとさせられるでしょう。もちろんこのタイトルバックも本編のコンセプトやストーリーを反映させたものなのですが、このオープニングシークエンス自体がほとんど独立した作品のような仕上がりです。ビデオクリップの源流を感じます。

『ザッツエンターテイメント パート2』(That’s Entertainment, Part II、1976)は、ミュージカル映画のアンソロジーです。

『ザッツエンターテイメント パート2』のタイトルバック (via YouTube)

タイトルバックは(当時から見て)過去の名作へのオマージュとなっているのですが、クレジットの見せ方のカタログの様相を呈していて楽しめます。

 

ソール・バスのタイトルバックとは

観客は最初の1コマ目から映画に入り込まなければならない、とバスは言っています。

「雰囲気を整え、ストーリーの根幹を定めて、隠喩的に表現することが、タイトルで可能だと考えました。タイトルは観客の調子を整える手段であり、映画が始まったときにはすでに感情的に共鳴させることができると考えたのです」

以下のようにしてタイトルシークエンスもエンターテイメントに貢献できると述べています。

「プロローグとして物語が始まる前の時間を扱う。エピローグとして物語の終了直後にテーマを要約して再現する」

ある脚本家がソール・バス(とその妻のエレイン・バス)のタイトルデザインを次のように表現していました。「300~400ページの本が100~150ページの台本に要約された後、バスのタイトルシークエンスを見て驚くほど感激するのです。物語がわずか4分に凝縮されているのですから。

 

シンプルでミニマルなグラフィックデザイン

ソール・バスのタイトルシークエンスを観ると、グラフィックデザインを基礎とした映像表現であることがわかります。どの瞬間を切り取っても静的グラフィックデザインとして完成度の高さが見られます。特徴として一貫しているのがシンプルさとミニマリズムです。

「曖昧さと暗示がある程度含まれると、活き活きとしたシンプルさが得られます。もし単にシンプルなだけだと退屈です。私たちはシンプルであるがゆえに反芻してよく考えさせるようなアイデアを追求しているのです」

映画黄金の腕のポスター

・映画『黄金の腕』のポスター

先に紹介した『黄金の腕』では、ポスターや広告に加え、いびつな腕のグラフィックが映画のシンボルとして映画館の入り口に掲げられたそうです。映画のコンセプトがシンプルな形で凝縮されたグラフィックだったので、アイコンとして機能したのです。

 

シャイニングのポスター (via Pinterest)

スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(The Shining、1980年)のポスターはミニマルデザインのいい手本になります。

初期の作品では、バスはタイトルデザインとその作品の宣伝ツールの両方を手がけています。『悲しみよこんにちは』(Bonjour Tristesse、1958)や『或る殺人』(Anatomy of a Murder、1959)などのタイトルシークエンスとポスターを見比べると映画のコンセプトがトータルにコントロールされていたことがわかります。

・『或る殺人』のポスター

・『或る殺人』のタイトルシークエンス

『或る殺人』のタイトルシークエンス (via YouTube)

 

日常風景を変えた革命的ロゴデザイン

ミニマルデザインの才はロゴデザインでも発揮されました。

クリネックスのロゴ

・クリネックスのロゴ / “>Vincent – stock.adobe.com

ベル電話会社、AT&T(情報通信)、クエーカーオーツカンパニー(食品)、ユナイテッド航空、クリネックス(ティッシュペーパーブランド)、ワーナー・コミュニケーションズ(エンターテイメント)など、数え上げればきりがありません。

ありとあらゆる業界のコーポレートロゴやブランドに新しい風を送り込みました。人々の家庭内から屋外まで見渡すところ、旧世代とテイストの異なるソール・バスのロゴが満ちあふれていたため、「米国の風景を変えた」と言われました。

「ジャパンアズナンバーワン」と世界の評価を得た80年代から90年代初頭のバブル期まで、日本の企業も盛んにコーポレートロゴをバスに依頼しました。京王百貨店、ミノルタ、紀文食品、味の素、コーセー化粧品などお馴染みのロゴが多いのではないでしょうか。

ソール・バスのロゴは総じて、動きを感じる、または動きをつけやすいデザインになっているように思います。映画のタイトルシークエンスに多く携わっていたことと、関係が無いとは言えないでしょう。

 

ソール・バスのキャリア

「視覚言語」との出会い

1920年にニューヨークで生まれたソール・バスは、高校を卒業すると広告デザインスタジオで仕事を始めます。長い通勤時間を利用し、むさぼるように本を読んで勉強したそうです。特に気に入っていたのが『視覚言語』(Language of Vision)という本です。著者のジョージ・ケペシュ(György Kepes)は、モホリ=ナジ・ラースローがシカゴに開設したニュー・バウハウスで光と色について教えていましたが、ニューヨーク市立大学ブルックリン校に籍を移しました。それを知ったバスは同校夜間部に入学し、視覚表現の構造や影響に関するケペシュの理論におおいに影響を受けました。

映画の広告からタイトルデザインへ

40年代中頃ソール・バスはロサンゼルスへ移りました。企業ロゴや広告などのデザインとともに、ポスターや雑誌広告など映画のプロモーションにも関わるようになります。1954年に『カルメン』(Carmen Jones)で初めて映画のタイトルデザインを担当しました。

『カルメン』のタイトルシークエンス (via YouTube)

バスの映画広告デザインに感銘を受けたプレミンジャー監督自身がオファーしたのです。タイトルバックとしては初めて動画を使います。この映画では情熱を表す炎でした。

ここからバスの輝かしいタイトルデザインの歴史が始まり、マーティン・スコセッシ監督の『カジノ』(Casino、1995年)まで続きました。

 

ソール・バス(Saul Bass)
1920~1996年
アメリカ合衆国
グラフィックデザイナー


【参考資料】
Saul Bass – Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Saul_Bass
ソール・バス – Wikipedia – https://ja.wikipedia.org/wiki/ソール・バス
Saul Bass Made the Title Sequence Into a Film Star | The New York Times – https://www.nytimes.com/2011/11/07/arts/design/saul-bass-made-the-title-sequence-into-a-film-star.html
・Saul Bass: Famous title sequences from Preminger to Scorsese – YouTube – https://youtu.be/qqM3McG4-LE
Film Title Sequence ‘Symbolize and Summarize’ (Saul Bass) – https://medium.com/@georgepef/film-title-sequence-symbolize-and-summarize-saul-bass-19d74f434ef5
Saul Bass | History of Graphic Design – http://www.historygraphicdesign.com/the-age-of-information/the-new-york-school/182-saul-bass
Saul Bass: The Evolution of an Artist | The JotForm Blog – https://www.jotform.com/blog/saul-bass-the-evolution-artist/
・Legendary Logo Designer Saul Bass – The Logo Creative | International Logo Design & Branding Studio
・IDEA ARCHIVE 01 ソール・バス&アソシエーツ、アイデア編集部編、誠文堂新光社、2003.11

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