独立とデザイナーとして稼ぐこと – アーロン・ドラプリンへのインタビュー

デビー(D): 食堂に入ってAaron Draplin(アーロン・ドラプリン)を見かけたら、あなたはきっと彼のことを「トラック運転手か」と思うでしょう。作業着にスウェット、キャップを被った大男。大口をたたき、汚い言葉をまくしたてる。でもAaronの向かいに座ったあなたは、彼のキャップにDDC – Draplin Design Companyと書いてあることに気付くでしょう。

そして、彼が何に悪態をついているのかといえば、きっとそれは大好きなステッカーのことだったり、BlippoBoldというフォントにどれだけうんざりしているか。彼はオレゴン州のポートランド在住で自分のデザイン会社を経営しています。重工業のデザインややんちゃなスノーボードカルチャーを、すっきりとしたスマートな美を持って表現します。そこには、彼が仕事場で何時間も費やし生み出した小さなこだわりを見出すことができます。Draplinの感性は、スノーボードブランドのBurtonやWiredMagazine、そしてオバマ政権の中にまで見ることができます。それから、彼の人気ノートブランドField Notesにも表現されています。

D: Aaron Draplin、Design Mattersへようこそ。

アーロン(A): こんにちは、Debbie。

D: 来ていただけてとても嬉しいです、大男さん。

A: 聞いてくれ。一言いい?

D: どうぞ、どうぞ。

A: 挨拶しなきゃ、きいてくれよ。これは俺にとって大舞台なんだ。

D: オーケー。

A: お母さん、お父さん、美しいLee、もう1人の姉妹のLia、Jacob, Albert, Sara, Ewan, Goo, David, Dale, Cory, Jeff, Evan, Rionele, Eric, Campbell, Jess, Brad, George, Martino, そしてGary Draplin、どこで何してるのかわからないけど、 みんなありがとう。よし、オーケー。始めよう。

D: まずこのインタビューのはじめにお聞きしたいのは、先月ニューヨークで行われたBrand New Conferenceでのコメントについてです。あなたのプレゼンテーションの最初のスライドには、いとこのTomやChip Kidd(グラフィックデザイナー)などへの大きな感謝をあらわす部分がありました。でも先ほどの挨拶の中には名前がありませんでしたね。なぜ、いとこのTomとChip Kiddだったのですか?

A: いとこのTomは141番街とアムステルダムのブロックに住んでいて、パーソンズに通っていました。彼は一家の中で一番のアーティストなんだ。俺が小さい頃、いけてるペンや鉛筆を持ってて、俺にとっていとこのTomは広いアートの世界やカッコイイものへの入口だったんだよ。彼は都会に引っ越して、そこで何年も何年も暮らしているんだ。それで、俺のショーに来てくれたから、それじゃあ、ニューヨークのイケてるやつらが集まる目の前でいとこについての話をしてやろうと思ったんだ。いいだろう?

それからChipだけど、彼は新しい友達だから。それにChip Kiddは誰もが知っている有名人だけど、大げさにせず、ボストンで新しい友達が出来たんだ、だからお互い感謝しあって励ましあってね、という感じにね。だってChip Kiddだよ、あの有名なさ。

D: そうですよね。あの運命的な出会いの場に私もいましたよ

A: 彼に会った時、きちんとしなきゃいけないとおもったんだ。

D: そんなことないでしょう。

A: いやいや!あなたの本買いました!みたいなね(笑) だから色々知ってるんだけど、彼には会っとかないと、それでその話をTomにしないといけなかったんだよ。だから俺はどちらの方向へ行ってもいつも興奮しているんだよ。家族に対しても有名人に対してもね

D: それからあなたはそのカンファレンスで免責事項を示していますね。カンファレンスに関しての質問は2、3問です。私はあなたの話したこと全てにとても感銘を受けたので、2つ3つあなたに聞きたいことがあるんです。あなたはこんな内容の免責事項を示しました…あなたの言葉を引用して紹介しますね。「このプレゼンテーション内の意見は半分感情的なものであり、半分絶対的なクソ真実であり、完全にDDCのものです。そして、鵜呑みにするべきではないものとして述べられています。だから、落ち着いて、そのまま燃えつくさせて、深呼吸したら、ただ普通にあなたが私達と何も関係が無いことを喜んで下さい」

A: あのさ、それはなんて言うか、ノリというかさ。観衆の前で喋ってる事って録音されてるし、秘密保持契約書とか他の書類にもサインしないといけなかったりしたから、もっとこのショーを楽しもうよ!っていう即興的なものだったんだよ。俺の考えていることを知ってもらうチャンスだったんだけど、あまり真剣に取らないでくれっていうことを伝えるためにね。普通の免責事項じゃなくてさ、ただ単にみんなを笑わせようと思って。

D: なら、あれはあなたのミッションステートメントだったの?それともあの時のあの瞬間のために作られたものだったの?

A: あの瞬間の為だけだよ。ニューヨークにちょっかい出すためにね(笑) だってさ、この都会に来て、今までやってきた50ものショーの中でも最大級のショーに参加して、ニューヨークに来るのはこわいんだよ。だって、自分より数段も頭のいいやつが観衆の中にいるんだよ。面と向かって自分に挑戦することができるやつらだから、こんな大声でめちゃくちゃなことを話す俺なんか簡単に鼻っ柱をへしおられるんだよ。だから、そんな彼らには、もっと楽しく、軽い感じで聞いてほしいんだよ。まあ、これも一つの考え方だよね。

D: あなたはあの発表は、空気を一変し、全てを吹き飛ばし、自由でいることを祝福するための話だと宣言しています。あなたは「私はここにいるべきではない。素晴らしい業績もプロとしての栄誉もない。賞をとったこともないし、本を書いたこともない。それに大抵の場合ズボンも履いていないが、クソみたいな不利な状況に打ち勝つことができる」と言いました。ひとつひとつのことを聞いていきましょう。そうしたら、あなたの魔法のような考え方の真意を見抜くことができるからね。最初に、なぜあなたはあそこにいるべきではないと思ったんですか?

A: そうだなぁ、だってまだ学生の頃とか、いろんなショーに行ってさ、彼らは本当に成功した人たちばっかりだったんだ。わかるだろ?

D: あなた自分のことを成功していると思ってないの?いったいどんな星に住んでいるの?

A: 思っているよ。もちろん思ってはいるけど、その成功をナイフを振り回すみたいにひけらかしたくないんだ。あのしょうもないやつらみたいにね。彼らはショーが終わったら、来場者に話もしないんだ。わかるだろ、彼らは全く関わろうともしないし、上に立っているつもりだし、そういうのをみると怖くなるんだよ。

だから、空気を一変したいっておもったんだ。もちろん若者たちにしっかり資料とかを読んでほしいって思っているよ。でも俺は、出来るだけ低い姿勢で証明したかったんだ。ここに立つべき人間なんだってね。そしてそれは俺がここに立つことができたことに対する感謝の気持ちなんだ。やっぱりふさわしくはないと感じてはいるけど。

だって、自分のペースで上手に喋ることとか、美しくて明瞭な発音で自分のメッセージを伝える手段を知っている人たちを見ているのに、俺は壇上でも感情的ですぐ言葉を忘れるし。

D: でもみんなあなたのそういうところが好きなのよ。

A: そうだといいけど。でも磨いてもなおらないだろうね、それは。でもいいんだ。それがこのゴミみたいな俺の特徴だから。

やる事全てが、若者にとって「彼のやってること、僕にも出来たかも。できるそうだな。こういう方法もあったのか。これには体系的なアプローチをしなくてもいいのか。そうだよ、この人はやってないじゃないか。それについて話してるじゃないか」って思える事であってほしいんだ。大変だと思うし、変なことになるだろうけど、デザインを好きだと思ってほしい、だってあなたをびっくりさせるものだから。俺もびっくりするからね。

D: えっと、ひとつひとつ質問していくと言ったけど、ほぼ全て答えてくれましたね。大抵の場合はズボンをはいていない、という概念を除いてはね。

A: 概念?概念ってどういうことだよ。

D: 今日はズボン履いてますね。

A: ここの品を良くしようとしてるんだよ、Debbie。君はは古風だね、気に入ったよ。ズボンを履かないって意味は、自分の事務所では心地よく楽でいたいって事なんだ。楽でいると頭の中が軽くなって、自由な発想ができるからね。ビジネスの格好とかビジネスカジュアル、ああくそ、分からないけど、ハワイアンシャツフライデーとか人々が一生付き合っていくしょうもないことに似ているんだ。俺の住んでいるところにはそこに策略的な意図はなく、ズボンをはかなくても良くなるように、頑張って戦ったんだ。もし俺がボクサーパンツとか下着一枚でそこに座っていたかったらそうできるんだよ、居心地がいいから。俺のお父さんも大のボクサーパンツ男だよ。真冬で外は義母の愛より冷たいくらい寒いのに、俺のお父さんはミシガン州でボクサーパンツ一枚で過ごしているんだ。それが俺の生まれ育ったところなんだ。彼は居心地の良い格好で仕事から家に帰ってきて、家でも心地よく過ごすんだ。

つまり、そういう感性の話なんだよ、仕事でも自由にリラックスしたいんだ。だって、会議のための会議をしたり、みんながお互いを嫌いあってたり、メールに関してのメールを送ったり、世の中どんな感じか知ってるからさ。彼らは誰かの注目をあびるためにお役所仕事をこなして人生を無駄にしている。でも俺の事務所に来たらプレッシャーなんて全くないんだよ。お客様いらっしゃいませ、ごゆっくり、ズボンを脱いでも構いません、なんてね。

でもさ、リラックスして楽しもうよってことだよ。ロゴデザインは楽しいはずだろ?それで、広い意味で、これはみんなを怖がらすようなしょうもないことはしないってことだよ。誰かが来て、うちの事務所でネットを使いたいとか、なんでもいいんだよ。自分の家みたいに好きに使ってくれって感じかな。俺がなんとかここまでやってきたこの場所は今日はあなたのものですってこと。さあどうぞ、くつろいでくれよってね。だって経営がどれくらい大変かってことは俺も少しは経験してるし、その他の人たちにとってもどんなに大変か分かるからね。でもちょっと気をつけなきゃいけないのはFedExの配達員が来た時とか、子供用の下着でドアを開けて対応したりしちゃった時は気まずいよね。まあでももうみんな友達だから。

D: 今現在あなたが受けているプロとしての賞賛には、あなた自身が驚いているようですが

A: ああ、そうだね。

D: なぜ?

A: だって自分自身をそういうものを追求してきた人間だと思ってないから。例えば、「自分はこの賞を取ったー!」とか言う人たちを見たことあるけど、俺はそれよりも自分自身のことを言いたいんだ。「住宅ローンを払い終えた!俺はこの手でグラフィックデザインをして、住宅ローンを払い終えた!」ってね。いつもいつも働いてきて、39歳にしてデザインの仕事をしてそれを成し遂げたこと。もうすぐ39歳だよ?このクソみたいなことを考えるだけで泣きそうになるんだ、だってこんな風になるなんて思ってなかったから。今でも覚えてるよ、高校を出てすぐぐらいかな…ミシガン州北部のショールーム関連の男にあって話しをしたんだ。大きく整えられた髪の毛にもみ上げがあって、クリエイティブな業界で働くことが怖いと思わせるような外見でね。彼はレタッチだったか、何かの仕事をしていたんだけど、楽しそうじゃなくね。俺はアートの世界で新しい人生を歩もうとしているところだったんだけど、この男が地獄にいるように見えたんだ。この先酷い目にあうことも目に見えてた。その時俺はまだやっとのことで食っていける程度でさ…10年後、15年後、俺はうまくやってきたんだよ。でもそれは俺はこのハシゴを登ってきたとか、どういうレベルにいるとか、そういうのじゃないんだ。そんなクソみたいなことには興味がないよ

D: あなたはミシガン州で生まれ、ミネアポリス芸術大学に行きましたね。そして、あなたは自分の意思でデザインの世界に足を踏み入れた。デザイナーになりたいと思ったきっかけはなんですか?

A: 確か高校生の頃ぐらいまでさかのぼるはずだよ。アートの世界に進みたかったけど、ファインアートで生計を立てることが難しいことは分かっていた。食べていきたかったんだ。それにアートには商人や職人のような特質もあった、新聞を作るみたいにね。新聞はみんな必要とするだろ。俺の地元ではアートで生きていくってことはとても怖いことだからね。ほかの人たちが生きるためにやっている家を建てたり、保険を売ったり、分かるだろ、普通のことだよ、その努力を無視することになるんだ。

それにアートの仕事をするなんてことは、クソみたいなものに対するある程度の資金や理解がある大きな街でしかありえないこと。だから、実用的な感覚でコマーシャルアートなら出来そうだなと思ったんだ。絵を描いたり油絵を描いたりはいつでもできる、それに学校でずっとやって来たんだ。

それに新聞を作る時のページの順番とか割り振りにちゃんとした美学があることを知ってびっくりしたよ。そこにすでにアートがあったんだ。完全な不意打ちだったよ。ロゴを作る職人技や、10セント硬貨の大きさやそのほかの新しいものたち、これから扱うことになるであろうものたちだよ。Chuck Andersonのパワー、美学、そしてストリートセンス。やあ、Chuck、Aaronだよ。今がんばってのぼってるところだよ。元気かい?Laurieによろしく伝えてくれ。オーケー

D: 彼にこのショーに出てくれるか聞いてもらえる?

A: あー、Chuck。来るべきだよ。水はタダだし、いい人達ばっかりだよ。彼らは俺のヒーローなんだ、例えば、Todd Piperーhousewirthのもとで働いてる男は、このためにミネアポリス芸術大学に来たっていうんだ。俺がミネアポリス芸術大学を選んだのは、負け犬のバンドの亡霊がいるからだよ。彼らがうまく行かなくたって、俺は気にしないんだ。彼は最高なものを作るからね。プリンスみたいにでっかい家を持つことが目的じゃないんだよ。ただやってみること、行ってみることが大事なんだ。そこにはとても魅力的なことがたくさんあったよ、それにとても大きなアートスクールだしね。アートスクールに行きたかったから。入り込めるか確かめたかったんだ。入学できるとは思ってなかった。でも、多額の奨学金をもらって、アートスクールに行くことができたんだよ。ああ、最初に学校に行った日が自分をすべてリセットしてくれたよ。最高だった。

D: あなたをどんな風にリセットしたの?何を言ったの?何をしたの?

A: すごく怖がらせられたよ。Carry Caseyっていう先生がいたんだけど、彼女は自然が持つ力のような人だった。永遠に影響力があるんだ。今でも何かをきめなきゃいけない時、彼女が俺の心に響くんだ。何度か意見の衝突もあったよ。俺はやり方を知っている、彼女はもっといいやり方を知ってるってね。それから一つ一つのクラスの授業料が$400だってことにビビる気持ちを持つことが大事だったかな。隣の席の男が寝てたりしたら「なんで寝てるんだ!」と思ったよ。だって俺は金払ってんだよ?奨学金もあったけど金を払ってたんだ。でも多額の学生ローンと一緒に卒業したよ。出来るだけ早く、早急に支払い終えたけどね。

D: あなたのウェブサイトの公式プロフィールによると、“2000年に不運としか言いようがないSnowboarder誌のアートディレクターに就任し、腐ったビーチのある最悪な南カリフォルニアに引っ越した”とあります。そして“23号もの雑誌を作り上げ、Gundog, Cat Fnacy, Teven, などの有名誌を押しのけPrimedia 2000で最優秀アートディレクター賞を受賞した”とあります。その時の体験を詳しく教えてもらえますか?どうしてあなたのポジションが不運なものだったの?

A: カリフォルニアだったからだよ。その時俺は都会に住んでたからね、ミネアポリスって大きな街だ。そこで俺は色々な憧れの人たちに出会い始めてたんだ。Chuckのところでインターンもやってたし。

D: どうやって?ちょっとまって一度ストップしましょう。どうやってChuckのところでインターンができるようになったの?

A: 友達のPJだよ、友達のPJ Chmiel

D: どうやって?どうやって、PJ Chmielが助けてくれたの?

A: PJだよ、ああ。世界のチャンピオンがいるんだ。今はミシガン州のPawPawというところにいていろんな準備をしているんだ。何から何までね、デザインプロジェクト、ヴィーガンの運動、アルマゲドン、ありとあらゆるものだよ。皆さんPJ Chmielをよろしく、素晴らしいやつだよ。彼はChuckのところで働いていたんだ、素晴らしいイラストレーターでありタイポグラファーだよ。

俺は彼のファンでもあった。俺もそこに入って働き始めたけど、俺たちはただのスキャナー見たいなものだった。いる間中一度もイラストレーターを使うことはなかったよ。最初の6週間かそこいらはクソみたいにスキャンし続けていた。それから俺は自分で「紙から光を取り除く役職」と呼んでいるが、そのポジションに昇格したんだ。Photoshopを使って、ドットの処理をするんだよ。アーカイブの処理をしたり彼のために仕事をするのは最高だったね。Chuckが話して俺たちが聞く…素晴らしかった。彼は俺のヒーローだったから。彼は現実離れした人物だったよ。俺の父さんが喜びそうな美しい世界で素晴らしい暮らしをしていた。それにFranch Paperとのコラボで世界を沸かせた。だから、金曜日に仕事が終わって帰るときにはいつもものすごくハイになってたよ。でも俺は酒は飲まないんだよ。変なものとは関わらないようにしてるからね。

D: 自分で選んで飲まないようにしているの?

A: 多分いつも何かにビクビクしてるんだろうね。Debbie湾で月に吠えたことも何度かあるし、ラスベガスの至る所で吐いたこともあったよ、大したことじゃない。尻のポケットにいれたウイスキーを飲みながら、星を眺めて泣いて、踊って、真夜中にはシラフにもどる、真剣にそれってなんかへんだろう。なんの話ししてたんだっけ?

D: Charles Andersonの話をしてたのよ。Charlesのことをもっと詳しく教えて。そしてCharlesから学んだ最も大事なことはなんでしたか?

A: ただ掴み取ること。積極的に発明すること。彼は古いものに命を吹き込むんだ、どうやっているのかは俺には全然わからなかったけど、彼は沢山の美しいその土地特有の言葉を助けて、守ってきたんだ、そうだろ?立派な言葉だよね。でも俺にとってはただの古いものなんだ。それがすごくカッコよくてさ。Chuckがもっといろんなものを発明して生み出していくのを見たいから、まだまだ死にたくないと思ったよ。彼は自分のスタイルを全面に出していくんだ。大胆不敵に見えたよ。

D: それじゃあ、とても不運なあなたの仕事は…

A: そうだった。ごめん、しゃべりすぎたよ、ごめん。

D: いいのよ、あなたが自分で“不運としか言いようがない”と表現するSnowboarder誌での仕事について。

A: 仕事につけたこと自体にはとても興奮してたよ。でもある程度の期間のものだと分かってたんだ。カリフォルニアが好きじゃないんだ。いや、なんていうか、まあ好きなんだけど…

D: ということは、仕事のためだけに行ったってこと?

A: 俺がそこに行ったのは、間違いなくそう。俺たちは切れ者の集まりだった。Pat、Jeff、Markみんなね。一瞬で兄弟みたいに仲良くなったよ。絆も強かったし、遅くまで仕事したなぁ。これを逃すわけにはいかなかった、だってこの雑誌を読んで俺たちは育ったんだからね。これは、俺がこの小さなスノーボードの世界に貢献するチャンスだと思ったんだ。新しい感性をもつ出版物のデザインやストーリーを伝える自分の責任、写真に命を吹き込むことに対して、しっかりと柔軟に対応しなければいけなかったんだ。カリフォルニアのビーチが持つ大きなコンセプトに対してもね。クソサーファーたちめ、血も涙もない。そこにはヒエラルキーのようなものさえあったんだ。その頃俺は丘をチューブで滑ってるようなガキはどうでもよかった。でもサーファーはちがう、クソイケメンで、人気者だ。夏にはスケボーもするし、秋から冬にかけてはスノーボードもするんだよ。ローラーブレードよりすごいんだよ。大変なんだよなぁ。

でも少なくても俺たちは彼らより上だったから。とにかく、俺たちはサーフィンバカたちと仕事をしていて、”さあみなさん、またファイバー繊維でできたものの上に乗る嫌なやつの写真です” みたいな感じだったよ。どうでもいいよって。さっさとやって、出て行こうぜってね。クズみたいなものだった。まぁでも楽しかったんだけど、俺はビーチにいる人間じゃないんだ。クソ合わないんだよ。俺はミシガン州出身だからね、ミシガン湖あるから。わかるだろ?住んでみて思ったんだ。南カリフォルニアは、慌ただしさと貪欲さと速さの罠だよ。もちろん俺はたくさんのイケてる奴らとも出会ったんだ。だからこんなこと言うなんて嫌なやつと思われるかもしれないけど、でもさ、引っ越しした時の家賃が1800ドルもしてさ、なんていうのかな、こんなこと聞きたくないだろうけど…

D: いえいえ、そんなことないです。それはとても高いと思います。

A: カリフォルニアは家賃が高すぎると思ったし、時速89マイルのクルーズコントロールをセットして移動する毎日を誰が過ごしたいと思うんだよ。昔はよく高速に乗って運転したんだ。オレンジカントリーのDel Taco Del Vista Al Horrorから次の目的地まで、時速90マイルだよ、誰がそんな生活したいんだよ?俺のポートランドでの生活はその半分で足りるんだ。ポートランドでは時速45マイルでのんびり運転してるよ。それでいいんだよ。

だからカリフォルニアにいた頃は、ただ単に、2、3年の間、仲間のために全力で出来る限りのことはしよう、でも絶対にここでは家は買わないって思ってたんだ。買えるとも思ってなかったしね。いや、本当に今でも無理だと思うよ。でもさ、ただあの土地が持ってる感性が好きになれなかったんだ。例えば、すこし変わった若い親の家族だったりすると、あそこで成功するのは本当にむずかしいだろうな。大変だけど頑張っている人たちと、なんでも持っていてみんなを見下しているひとたちの間のギャップが好きじゃなかった。ギャップはあの街のどこにいても感じるんだよ。俺は思い込みが激しいけど、ミネアポリスだったら俺でもそのいい暮らしの少しは手に入れられはずだと思ったんだ。だから南カリフォルニアで過ごすのは決められた期間だけだと分かってたんだ。

俺はただ、俺の人生をこいつらには捧げることは絶対にしたくない。だから戦って戦って、自分のやるべきことをやって、やっと抜け出したんだ。救助されてオレゴンに帰ってきたんだ、そしてそれは最高の出来事だったよ。

D: 2004年の秋、あなたはデザイン会社 Draplin Design Companyを立ち上げました。何がきっかけで独立しようと思ったのですか?

 

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A: 多分、自分でクライアントを選べたり、働く時間を選べたり、もっとお金をかせげることに魅力を感じたからかな。本題にはいろう。

D: 今までに十分稼げるかどうか心配になったことはある?

A: 毎日だよ。

D: 今だにそう?

D: くそ、もうすぐ第4半期が来るんだった!そうだね。なんていうか、ものすごく頑張って5万ドル稼いだとして、ラッキーならばその5万ドルで暮らしていけるよね。でも雇われていると、それはそれで目の前にあるのに、また同じことを繰り返して働くんだよ。俺が驚かされたのは、プロの、なんていうの?スタジオ?をやめたあと、俺の稼ぎは3倍になったことだよ。なんでかっていうと、デザインスタジオのお洒落照明とか、高級な椅子とか、飛行機代とかに使わないで全部自分に入ってくるからさ。それから自分の好きなだけの量の仕事を取ってこられるし。

自分の時間で取引をまとめることだってできる。金にならない仕事だってあるし、ものすごい稼ぎになる仕事もある。すべてが完全にイケてたんだ。全部が素晴らしかった。そして全てが積み重なっていったんだ。

二番目に務めた職場は個人のデザインデザイン事務所だった。素晴らしい場所だったよ。本当に素晴らしい職場だったんだ。Creek Jamesっていう人でさ、もうすぐ彼についての本が出るんだけど、そこには全てのことが書いてあるよ。プロダクトデザイン、ロゴデザイン。この本はアメリカのクソ素晴らしいデザイナーとしての名声だよ。俺はそんな彼のもとで働くことができて、いろんなことを学んだんだ。でも、だんだんともっと羽を伸ばしていろんなことに挑戦して見たいんだと思うようになった。彼のもとに行って、働いて、いろんなことを教わって、2年働いてそのことを誇りに思っているけど、自分が一人でどのくらいのことができるのかを試してみたかったんだ。

D: 最初の頃の集客はどうしてたの?むこうから電話があったの?それともあなたから?

A: そうだね、ほとんどはスノーボード関連の仕事だったから、まだ繋がっていたコネを使ったんだ、友達とかね。今はThe LiftとかTheHillとかの雑誌で働いてるんだけど、俺がまだ雑誌社にいた頃出会った人たちだよ。小さなブランドを一緒に立ち上げたり、投資家も含む何人かのグループを作ったりね。The Headwearsっていう小さな帽子会社も作ったよ。彼とはもう10年の付き合いになるよ。Brad、元気かい?新しい広告のこと悪かったよ。Aaron見ろよ、汚い洗濯物がここに散らばってるぜってね。すまないBrad、俺は悪いやつだ。10年もの間愛してくれてありがとう。

それから俺の親友のGeorgeとMartinoがやっているUnion Binding Companyもある。彼らは8年もの間、俺を信じてついてきてくれたんだ。彼らはみんなシアトルに住んでる友達だよ。初めは小さな存在だったけど、何年もたって大きな存在に成長したんだ。でも今でも俺たちは小さなチームで親密な絆があって、何かを決めるときは一番に相談し合うんだ。採算は全く取れてないけどね、だからそんなにクレイジーなことをする感覚はないよ。そして、こういう関係はお互いに信用しあってるからこそうまれるもので、俺が彼らの立場に立って考えられると信用してくれているから成り立っているんだ。俺はキャリアを西で始めなければいけなかったけど、彼らが今やっていることをやっていたし大きくジャンプして、何をしていようとスノーボードに人生を捧げたんだ。どこかの街からやってきて成し遂げた何かではないんだ。その場所に引っ越して暮らしてみたからこそ、次のステップに進めるんだよ。

D: スノーボード上手なの?

A: 昔はうまかったんだ。

D: そうなの?

A: もうできないよ。まったく。俺の父さんが「俺だってもう緑のバナナは買わないよ」って言うようにね。スノボの為に西に引っ越したんだ。難しいやつらと付き合って、最高だったよ。それで終わりが来たら次に進むのはいいことなんだ、俺にはそうなるようにデザインされてたしね。何年かたって、今俺はもうすぐ40歳になろうとしていて、友達はまだスノーボードに夢中だったりするけど、俺はもう諦めてるよ。でもそれが始まりだったんだ。

俺はデザインについての荒っぽいブログを書いて、情報提供したりして、特に稼ぐことなんて考えない…そんな生活をするつもりだった。自分のかっこいいと思うものを紹介して、カンサスシティで見かけたくそみたいにかっこいいものを紹介したり、いろんなところに行けるってことを明らかにしたかったんだ。今の俺の新しい人生は俺だけのもので、12週間ぶっ通しで運転してアメリカ横断していろんなものを見て、途中の安宿で働くことだってできる。本気だよ。で、仕事が終わったら、自分がどこにいるのかもわからなくなる、おかしいよなって思ったんだ。だから俺は、昼間に外に出てアクションを起こして、夜に仕事をするんだよ。

俺のデザインしたことほとんど全てを友達が友達に話をして、バンドが他のバンドに教えるんだ、それで今は大きなデザインの仕事が入ってくるようになったんだ。そこで少し調子が変わるんだ。メールの内容がきつくなったり、タイミングの問題があったり、それでヒエラルキーができるんだ。大きな資金を提供してくれていたらね。彼らはすぐにヒエラルキーの頂点に立つ。つまらない奴らだけど、俺に金をくれるんだ。ありがとうよ。

でもほとんどタダで仕事する場合は、お金をもらうような仕事と違って、秘密保持契約とか他の契約にサインさせたりすることがないからさ。それはそれですごく気に入ってるんだ。いい塩梅だよ。

D: あなたが携わっている2、3のプロジェクトについて話ましょう。

A: もちろん。

D: 話を聞きたい最初のプロジェクトは、National Security American Recovery and reinvestment act (アメリカ復興・再投資法)のロゴです。

A: 長いなぁ。

D: おっしゃる通り。そしてもちろんとても重要な人物との仕事についても。体験したことを聞かせてください。

A: いつもこの話をしようとするたびに泣いてしまうんだよ。本当に起こったことなんだって思うとね。彼の就任式を見に行ったんだ。26歳から34歳まで、俺はあのクソ野郎がこの国のトップにいることを死ぬほど恐怖に感じていたんだ。彼を信用してなかったし、彼の話す内容に恐怖を覚えた。そして、この男が世界中の人の前に立って自分が全てを決めるという態度を取っていた。喋ることがすべてバカみたいだった。俺だってお説教してバカみたいなブランドを売り込んだりするさ、いいよ分かった。でもトップがあれだということが怖くてしょうがなかった。

そして現れたのが、新しい男(バラク・オバマ)。彼は安定した落ち着き、優雅さ、美しさ、歴史への尊重、不利な条件を覆す強さ、全てのことに挑戦する気持ちを見せていた。だから俺はもう一度信じることにしたんだ、なにかイケてることができるってね。だから彼のファンなんだ。それで、政権のロゴを見てなんてことだって思ったよ。簡単でわかりやすいデザインで、とても美しい仕組みだったよ。自分に投票してくれる人たちにだけ向けたものではなく、国中の人とどうつながっていきたいかがすばらしい感性で表現されていた。政治の世界に素晴らしいデザインを取り入れてることに心を奪われたんだ。誰かが「ロゴは誰が作るの?」と聞いていて、誰かが作ったと聞いていたから俺には貢献するチャンスがないと思っていたんだ。そしたら1ヶ月後に電話がかかってきたんだ。

D: 誰から?

A: シカゴのMode ProjectのSteve Jurasからだったよ。彼は「Draplin、君のデザインは大好きだよ。オバマの支援者なんだよね?アメリカ復興・再投資法って聞いたことある?」って言ったからもちろんって答えたんだけど、途方にくれたよ、だって「私たちのもとでオバマさんのためにロゴを作らないかい?」って言うんだよ。すぐに電話を保留にされてね。たくさんの人から電話がかかってきてたんだろうね。3分かかったよ。全てがただの世界にいるわけじゃないのに。

彼らは、Steveとそのチームはこの8000億ドルの”アメリカ復興・再投資法のロゴプロジェクト”に何かしらの付加価値をつけないといけなかったんだ。彼らがデザインしようとしているのは、アメリカの自由のためのなんだよ。わかるだろ?彼らと話をしてロゴを作ることにしたのは良かったんだけど、彼らの背負っているものの重さを知りながらどうやってしれっと彼らと仕事をすればいいんだよ。俺の事業の免税のことなんでちっぽけに見えてしょうがない。アメリカを立て直すことができるかもしれないことに関わる仕事なんだ。そんな重要な仕事に貢献することができたんだよ。俺と俺の親友のChris Glassでね。Chrisは活動家でヤバい写真家でデザイナーで、本当にいいやつなんだ。彼と一緒に作ったんだ。彼は彼の部分を、俺は俺の部分をね。一緒に作業して3日間かかったよ。本当にイケてる経験だったよ。自分のこと誇りに思っているし、貢献できたことを誇りに思ってる。

 

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D: 自分と彼が一緒に支援したこのインフラ整備のロゴがついてる看板を高速道路で見るのはいい気分なんじゃないですか?

A: ああ、そのとおりだよ。

D: それでは、もう一つのプロジェクトについてお話を伺います。Conslidated FictionというあなたがJohn Hughes(映画監督のジョン・ヒューズ)と一緒にやったプロジェクトです。これも話すと泣いてしまうかもしれませんが、私が知っているのは….

A: 秘密にしたいと思っているんだ。

D: あらそうなの?

A: そうなんだ

D: じゃあこのこと話すのはやめましょうか?

A: うーん、話しても大丈夫だよ。それよりも、俺のショーに来てくれた人に全てのバカみたいな話を伝えようと思ってたんだ。でも、簡単に言うと、農家のJohnと仕事をしていたら、その彼はJohn Hughesだったってこと。あの映画監督のJohn Hughesね。高校の時に卒業することはいいことだと思わせてくれたJohn Hughes。ただの農家のJohnだったかも。

D: 誰かが電話をかけてきて、彼の名前を農家のJohnだと言って、あなたは何も知らなかったの?

A: まあ、彼の名前はJohnだって言われて、農園を営んでいて、アイデンティティを強化したがっているって聞いたんだ。

D: ということは、彼があの有名なJohn Hughesだなんて全くしらず?

A: ぜんぜん。

D: よくある名前ですもんね。

A: そうなんだよ。2週間後か10日後ぐらいまで全く気がつかなかったんだ。その頃にはお互いしょうもないことを言い合えるぐらい仲良くなってて、そしたら彼が自分が誰なのか教えてくれたんだ。彼は「随分長い時間がかかったね」みたいなことを言ったんだ。だから、この仕事はただの農家のJohnもしくは北イリノイで農場を経営するJohnのためのものだった。仕事の手伝いもしただろうし、それを誇りにも思っただろうけど、ただ彼はあのJohnだったんだよ。ある程度クオリティの高い仕事をしていると、その仕事がどんな風に転がっていくのか誰にもわからないんだよ。だから、大きな数字や、何かしら大きく見えるものに惑わされて判断しちゃいけないんだ。彼が映画監督のJohnだって分かったからって、ビビって突然仕事のやり方を変えるような事は好きじゃないんだ。実際に変えなかったしね。

D: 彼のブランドアイデンティティを作ってあげたの?

A: そうだよ、2、3個作ったかな。名刺も作ったし、それにも他にもたくさんプランがあったんだ。でも残念すぎることに、Johnが亡くなってしまって。そしたら5000万人もの人々にこの事が報道されて、怖くなったんだ。だって俺たちの秘密みたいなものだったから…。これが俺がこの話を自分のショーの中で話す理由なんだ。だってこれは起こるべきことじゃなかったからね。でもさ、実際に起こってすごいイケてることだったんだ。たださ、なんだか変なことだったなとも思うんだよ、なんていうかこういう人たちに会うには行動を起こさなくちゃいけない。彼も忙しかったし、俺も忙しかったし。知ってる人が59歳やそこいらで亡くなるなんておもってないだろ。あのJohn Hughesだったんだぜ。彼は最高に素晴らしい人で、才能があって、いいやつでちょっと変わってた。夜遅くに電話をかけてきたり、最高にイケてるバンドを知っていたり、彼の話す言葉はなんていうか映画の中のセリフみたいに美しい抑揚があったんだよ。彼の役に立てた事が本当に誇らしいんだ。

D: あなたの7つのゴールを読んだの。聞いてくださってるリスナーのみなさんとシェアしたいと思います。それからお話を聞かせてください。これは7つのゴールのリストです。

1. 時間を作ること

2. 今が自分の稼ぎどき

3. 年を無駄にしない

4. 自分の毎日は満杯だ

5. 俺は自分の好きなことをするために出来る限りのすべてのことをする

6. 出来るだけ多くのお金を貯める

7. そして辞める

A: ええと、これは独立する時の宣言書みたいなものなんだよ。愛する人たちとか両親へのお詫びというか。なんでそんなに働くの?とか、なんで家にあまり帰らないのか?とか残すために。

D: 辞めたらなにをするの?

A: わからないよ。

D: そんなにデザインが好きならどうしてやめるの?

A: 辞めはしないよ、やめない。このマウスを操る指が完全に動かなくなるまではロゴを作り続けるよ。でも、俺はいつでも自分が人生のどこに、何年にいるのか、何をやっているのか、それから大きな見通しと小さな見通しを認識するようにしているんだ。正しい方法で、できる限りのことをする。

でも選んだ道は、ずっと座っている仕事だ。一日中ケツをあげないんだよ。ぐるぐる回っているようなおかしな探求なんだ。今稼ぎたいと頑張っているからね。今まさに野心に燃えていて、仕事依頼の電話があって、そして今やってることが好きだと思える間にね。だって、生きるのにどのくらいのお金が必要か分からないから。それでそのクソみたいなリストを作ったんだけど、それはバカげたものでお楽しみみたいなものさ。

でも、俺はいつもこんな事も考えているんだぜっていう宣言書にもなるだろうね。自分らしくない何かになるためや、大きな仕事をする資格がないと嘆くために月日を無駄にする気はないんだよ。自分の人生はある意味自分で作っていくものなんだ。それで俺は”辞める”よ。なにかを持ってきてくれる誰かのために大きいチャンスや小さいチャンスを追い求めるのを”辞める”んだ。それからは自分の少ない手当で500倍のものを作るよ。それもいいだろ。ビジネスだからね。自分たちで作ったらどうだろう、Field Notesとかね。

それか人々にロゴを作ってあげるとかね。見せたいものがあるんだ。君たち(DesignMatters)のためにロゴを作ったんだ。聞いてくれ、俺はこの世界で何年かの経験がある、だから俺たちみんないろんなことに疲れ果てちまってることを知っているんだよ。俺の古いのラップトップを出すよ

D: 私は疲れ果ててないですよ。

A: そうかな、でもやっぱりロゴは作るべきだとおもうよ。

D: 社長に会うべきですね。

A: 「私たちにロゴを作ってよ」と言われたから、作ったんだ。映画みたいにしたいんだよ。Debbieのため、あのDebbie Millmanのためにロゴを作るという事がどういうことかというのを記録しておきたいんだ。いいかい、1番を目指して見せてみることにしたよ。気に入ってくれるといいな。もしかしたら、何か他のものだったかもしれないけど、どんなものがいいか教えてもらったから作ってみたんだ。だからもしよかったらそれをテーブルにおいてここをクリックしていって、ちょっとしたプレゼンテーションが始まるから。

D: わーすごい。

A: この変な小さなものはステッカーとかネームプレートになるんだよ。なんていうか、みんなこれが最先端のものだよ。すごく一流でかっこいいんだ、でももし古くて壊れているラジオがクローゼットの中にあったら?でもそこに昔からある役に立つものという感性があるんだ。そうだろ?もし小さなアイコンか何かを自分自身のために作ったら何が起こると思う?これが俺の仕事なんだよ。

D: これって最高だわ。

A: 請求書をみるまではね。とにかく、オーケー、それからこれが世界の中で、本当はどんな風に見えてるか。わからないけど、どうかな、いいスタートなんじゃない?ラウンドワンとしてはね。

D: 素晴らしすぎる。

A: わかるだろ、チャンスをくれよ。

D: 私たちのロゴができたわ。

A: 試してみてくれ。

D: ロゴができたわ。

A: それで様子を見てみよう、もう少し掘り下げて見てほしいんだ。とても即興的なものだったけど、これが俺たちのやり方なんだ。

D: それは…

A: 作ってって言ったから

D: そう、言いました

A: だからお届けしたんだよ。

D: そうですね、Field Notesのことについてお話ししましょう。これありがとうございます。なんと言ったらいいか、ありがとう。

A: いいよね。誰もあなたには、2つ3つ質問しないもんね、なんてね。

D: Field Notesのことを最初に話しましょう

A: わかったよ、うんうん。

D: 2006年にField Notesを立ち上げましたね。Field Notesのスローガンは、「私はこれを後で覚えておくために書いているのではなくて、今覚えるために書いている」

 

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A: 実はそれはJim Coudalのおじいさんだよ。

D: 本当?

A: 彼がよく言ってたことだよ。

D: それじゃあ、どうやって始まったの?どうやってビジネスを立ち上げたの?この…

A: 紙とホッチキスでできた傑作。

D:そのとおり、その通りです。

A: じゃあ今からそれをお話ししましょう。まずはじめに、Field Notesを買ってくれているみなさんに、ありがとう。本当にありがとうございます。俺は絵を描くし、文も書くし、メモも取るんだ。リストも作る、俺は絶対に克服できないリストを作って、消していくのが大好きなんだ、わかる?気持ちがいいんだよ。変なハードドライブにバックアップされたデータじゃないんだ。実際に消していくリアルなものなんだ。それは今消えつつある書くことやその手技に対しての敬意なんだ。例えば、俺のおばあちゃんの手書きとかね。ひどく読みにくいポーランド語だったかな。とにかく、何か自分のわがままで好きなように作りたかったんだ。それに何年もの間昔の農家の記録簿や台帳を集めてきたからね。

D: たくさんの引き出しいっぱいのね

A: そうなんだよ。クソみたいなものを集めているんだ。死んだも同じだよ。全く使えない紙だから。なんの価値もないはずなんだよ。でもアンティークショップに持っていくと、古い記録簿が25ドルとかで売っているんだ。科学的に証明できないだろ。ゴミと一緒だからね。でもそこに功利的な特質の美しさを感じたんだ。いたるところにあふれている内容なんだ、コーンの育て方とか、餌のやり方とか、あとは変なジョークとか、いろいろ。それは年月をかけて集められた小さくて美しいものたちなんだ。

自分でノートを作りたいと思ったのは、最近見かけるのは現代的なバージョンのものばっかりだなと思ったから。ハローキティとかさ、それはそれでいいんだけど。でも俺が欲しいのはもっと、ひどいやつなんだよ。使われているフォントもFutura Boldだけとかでさ、古いマニュアルを見るみたいな感じでね。デザインがどうこうじゃないんだよ。考えるためにただ純粋に必要な機能だけなんだ。名前の通りなんだ。

例えば、最近子供のものとかのロゴを作ったりするけど、いつもすごく楽しくて満足できるんだ、簡単に説明するみたいにね。だってそれが昔からの方法だから。芝刈り機の説明書は小型芝刈り機の説明書とさして違いはないんだ。ただどうやって組み立てるか書いてあるだけだろ?そこには馬鹿にすることができない能力みたいなものがあるんだよ。おれは難しい言葉知らないけど、基本的にそれが俺にとっての本当のField Notesなんだ。紙だよ。いつもポケットに入ってるね。ミシガン州のNilesにあるFrenchPaper Companyの思いやりでできているんだ。彼が作っているのは、やあ、Jerry、Jerry French と6世代にわたるご家族のみなさん。彼らの作る紙を使うことができて、アメリカ国内で作られているものを使って、産業を支援するんだ。 ホッチキスも国内産だし、他の材料も全部だよ。こういうものを作れるんだよっていうのを示しているんだよ。個性を与えるんだ、ふさわしい個性を与えて、ふさわしくないものは与えない。MujiとかMonsoonとか他のブランドも大好きなんだ。でもおれは馬鹿みたいにでかいロゴを入れたものを作りたかった。例えばJimが、そうだよ、まったく、皆さん、Jim Coudalです。Jimはおれの親友でおれのヒーローなんだ。

D: それじゃあ、彼に会ってコンセプト見せたら、よしやろうって言われたの?

A: 実際にスクリーンプリントしたものを数百冊持って行ったんだ。Jimのファンだから、偉そうにしたくないというか…俺たちは二人とも業界のキャプテンだからね。

D: はい。

A: そう、でもファンだから、おれは。

D: 誰かファンじゃない人いる?

D: その通りだよ!だから、Field Notesをひと山彼にあげたんだ。そしたら彼は「Draplin、このろくでなし、何か届いたぞ。」って言ってたよ。どうしたらいいかわからなかったよ、だって友達にあげようと思っただけだから。

D: 今現在、どのくらいのバージョンがあるんですか?数百もの色のバリエーションがあるように見える。小さな帝国ですよね。

A: 楽しいものであるべきだからね。そしていつも身につけて持つべきものだから

D: そのとおりですね。私もいまここに持ってます。

A: 死にそうな理由とか、ギャンブルで作った借金とか、Debbieなんでもあなたが記録しておきたいと思ったことを書いておくんだ。それも楽しくあるべきだろ?それでもっとすごいのは、俺たちがそれを作れるってことだよ。デザイナーとして作るだろ。で、そのアイディアを誰かに売って、その誰かはそれを使って想像できないくらいの金を稼いで、クソみたいなシガレットボートに乗ってハドソン川を行ったり来たりするんだよ。そういう仕組みなんだよ。大きな大きな仕事をしてる人もいるかもしれない、でももっと小さなものに関する仕事をすることだってできるし、それでいいんだ。自分で操るっていうわけじゃないけど、完全に自分の好きなこと、自分が信じていること、そして自分の母親に見せびらかせるくらい誇りに思うことをやりたいって思ってるんだ。Field Notesはおれの母さんだって使ってる。やあ、ママ。そうだろ、おばあちゃん。かあさんに2日後会えるんだ。美しい母親なんだ。

D: 知ってるわ。お父様もハンサムですよね。

A: 父さんね。Jim Draplinです。ミシガン州北部に住むKmartバーゲンの王者です。彼はビーストだよ。今年70歳なんだ。

D: 素晴らしいですね

A: 俺には素晴らしい母さんがいる。おれには素晴らしい父さんがいる。彼らの子供で本当に良かったと思ってるよ。彼らをみて、彼らを使って、何でもいいけど。ツイッターとか他の何かに表示される変な空想とか広告じゃないけど、あなたがあと1ヶ月で死ぬと分かったらどうする?みたいな。それからカッコいい雑誌にもあったけど、いない間にお店が火事になったらどうする。神さま、宇宙、だれでもいいけど、そんなこと起こりませんように。ただそうなったら、おれはField Notesを持って逃げるよ。なぜならそれに人生を捧げているから。全ての借りと全ての貸し、やってて楽しいと思うこと全てがそこに詰まってて、概略図みたいなものだから。

D: いつか磨いとかなきゃダメですね。

A: 大量にあるけど、出来るだけ持っていこうとするかな。なんていうか、昨日飛行機に乗ってたんだけど、今ここにいるからあからさまだよね。でも、機内で仕事をしてたんだ。まだ話すことはできないけど、北西部で音楽フェスがあって、それに関わる仕事をするんだけど、それのコンセプトを考えていたんだ。ツイッターのアバターからポスターをどういう風にするかとか、どうやって最高のものにするか、細かくあれやってこれやってってね。それで、飛行機に乗ってる間って携帯電話とか他の機器を使えないだろ、だからそういう時には、いつもField Notesが役立つんだよ。同じ感覚でバスの中とかでも役立つんだよ。それか、例えばトイレで用を足してる時とかね、好きなように言ってくれ。考えはこうだよ。夜に寝ようとしてると急に、なんて事だ、これはイケてるアイディアかもしれない!みたいに思いつくことがあるんだけど、そんな時にはおれのField  Notesがすぐそばにあって、すぐに書き留めることができるんだ。

D: そうですね、重要な夢は書いておかないと

A: 自分の考えてる事だよ。忘れたくないからね。

D: 私がField  Notesで一番好きなところは後ろに書いてあるあなたの一文です。あなたはこの中で、”Field  Notesが良い情報で埋め尽くす価値のある正直なメモ帳になることを望む” と述べていますね。なんだかあなたの事みたいですね。

A: 嬉しいよ、ありがとう。自分の生み出したものだし、利益はどんどん上がっているし、その利益がもっとイケてるものに還元されていくから、素晴らしいと思うんだ。良いサイクルになっているよ。それにこれからももっと良くなるよ、みんなやる気だからね、うまくいかなかった時もあったけど、あまり大きな問題じゃなかったよ。ただ、やりたいことをやっていただけだからね。それにさっきも言った通り、本当に楽しいものを提供しようと思っているんだ。それで、40歳になったら、そうだ、Jimが、何か大きいことをやるときは電話してねっていうんだけど、今やってる他のことをウダウダとやり続けるのはもうおしまいにするんだ。それでField Notesにもっと力をいれて、世界を正しい方法で喜ばせるんだよ。そしてリッチになる。

D: 待ち遠しいですね

A: わからないけどね、それか、ただもっといけてるものを作るよ。

D: Aaron DesignMattersにお付き合いいただきありがとうございました。

D: Aaron Draplinについて詳しく知りたい方は、彼に直接会うのが1番いいでしょう。彼の上演中のショー、Tall Tales From Large Man のスケジュールと彼とお父さんのイケてる写真を見るには、draplin.com/gigに行ってみてください。お聞きいただいてありがとうございます。そして忘れないでくださいね、私たちは、世の中を変える話ができるし、世の中を変えることもできる、そしてその両方もできる。Debbie Millmanでした。またお話しできる時を楽しみしています。

 

Debbie Millmanがお送りするDesign MattersはSchool of Visual Arts in New York CityのMasters in branding studioで録音されたものです。
制作 : Curtis Fox Productions / 技術アシスタント : Lainey Ortega / リサーチ : Jeff Close, Lisa Grant
このショーはdesignobserver.comが出版しています。iTunesストアでこの無料Podcastにも登録できます。

参照リンク : Design Matters with Debbie Millman: Aaron Draplin – Design Matters (CC BY 3.0)

当記事はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(Creative Commons license / CC license)に基づいて編集しています。

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