Skip links
ゼログラフィについて

ゼログラフィの仕組み・特徴について:印刷史のなるほど雑学18

ゼログラフィについて

ゼログラフィとは?

ゼログラフィ(Xerography)は、光導電性と写真を組み合わせた複写技術の名称です。ゼログラフィ登場以前の複写方式では、専用の感光紙を使ったり、現像のために湿った紙を乾かしたり、といったことが必要でした。現在どこでも手軽に入手できるコピー用紙のパッケージには「PPC」と印刷されていますが、これは「plain paper copier」の略で、「普通紙複写機」という意味です。

職場やコンビニで利用できるコピー機では、このコピー用紙にかぎらず、封筒やノートなど日常的に使われている紙に複写できます。このように特別な処理をおこなわずに、普通の「乾いた」紙のままで複写できるようになったのは、このゼログラフィのおかげです。

米国の物理学者で発明家のチェスター・カールソン(Chester Carlson)が1938年に発明しました。この技術は、現代の複写機やレーザープリンター、スキャナーにも応用されています。

 

写真技術と静電気を利用して版面を作成

ゼログラフィを発明したカールソンは、当初この技術を「電子写真(electrophotography)」と呼んでいました。ゼログラフィには、光を吸収すると電気の流れやすさが変化する「光伝導体」と写真撮影の技術が組み合わされています。ごくおおまかな原理は次のとおりです。

光伝導体を塗った板(感光板)の全面に静電気をためておきます。写真撮影と同じ仕組みで、レンズに写ったイメージを感光版に投影すると、光の当たった部分の静電気が失われます。そこに塗料の粉末(トナー)を乗せると、静電気の残っている領域だけに粉末が吸いつくので、そこに紙を重ねてトナーを転写するという仕組みです。

ゼログラフィが考案される以前の複写方式は、いずれも版画やカーボンコピーのように、原稿から刷版を準備したり、原稿や版を印刷用紙に密着させてイメージや文字を転写する必要がありました。ゼログラフィでは、原稿をレンズや鏡を介して光学的に写し取りますので、原稿に何も手を加える必要がありません。厚みのある書物であっても、ページを開いて原稿ガラスに乗せてボタンを押すだけで複写できるという、今では当たり前のこともゼログラフィが発明されたおかげです。

 

デジタル複写機のしくみ

現在の一般的なデジタル複写機では、デジタルスキャナーで原稿を読み取ったり、読み取った原稿からレーザー光でイメージを描く、感光板の代わりに感光ドラムが使われるなど、発明当初からは大きな技術進化があります。しかし、現代のデジタル複写機でも変わらず使われているのが、光で静電気をコントロールしてイメージを複製するというゼログラフィの原理です。

メーカーやモデルによって多少の違いはありますが、基本的にデジタル複写機は次のような工程で原稿から複製を印刷しています。

帯電:感光ドラム表面全体に均一にプラス静電気をためる。
露光:画像や文字をスキャンしてデジタルデータ化し、レーザー光を使って感光ドラム表面のプラス静電気を強めることで、静電気の強さの差の像を描く。
現像:マイナス静電気を帯びたトナーを感光ドラムに振り掛けると、プラス静電気の強い部分にトナーが吸い寄せられて、トナーによる像が描かれる。
転写:トナーで描かれた像をコピー用紙へ転写する。
定着:熱でトナーの樹脂成分を溶かして用紙上に定着させる。

モノクロ複写機の場合は、黒のトナー一色なので、上記の工程1回だけで複写は完了します。カラー複写機の場合は、スキャニングで得られたデジタルデータを基にして、シアン・マゼンタ・イエローと黒の計4つの像を重ねることでカラーの複写をおこなっています。

 

ゼログラフィ実用化までの長い道のり

ゼログラフィ

米国ワシントン州シアトルで生まれたカールソンは、幼い頃から印刷に興味を持っていました。大学で物理と化学、法律を学び、卒業後はニューヨークでベル研究所の技術者となりますが、まもなく特許部門に移ります。

特許に関する書類は何部も必要で、図面を複写したりテキストをタイプしたりといった作業が膨大でした。フォトスタット(Photostat)ミメオグラフ(Mimeograph)といった写真複写機や謄写版がすでに存在していましたが、高価であったため基本的にはカーボンコピーを使っていました。このときに書類を簡単に複製する技術の必要性を強く感じていたようです。

1934年から電池メーカーの特許部で働いていたカールソンは、個人的に研究と実験を続け、ついに1938年、硫黄を塗布した亜鉛板に静電気をため、複写に成功します。このとき複写された「10.-22.-38 ASTORIA. 」という文字はスミソニアン博物館に展示されています。

カールソンは自分の複写技術を「電子写真(electrophotography)」と呼んでいました。この電子写真の実用化までの道のりはまだまだ長いものでした。アイデアを製品化するための資金援助を求めて、1939年から1944年のあいだに20社以上の企業に実験を見せましたが、どこも興味を示しません。カールソンの図面からは製品化が難しいと判断されたのです。カールソンのアイデアが、世界初の普通紙複写機として結実するのはまだまだ先のことでした。

 

製品の成功で社名を変えたゼロックス社

ゼロックス社のロゴデザイン

Panama – stock.adobe.com

カールソンの電子写真の価値を最初に認めたのは、バテル記念研究所(Battelle Memorial Institute)のラッセル・デイトン(Russell W. Dayton)博士です。バテル記念研究所はカールソンの代理人となり、研究開発を支援する契約を結びます。同じころ、写真用印画紙などを製造販売していたハロイド社(Haloid Company)がカールソンの電子写真に関心を持ちます。1946年、カールソンとハロイド、バテルの三者が製品化に向けて動き始めました。そして、カールソンの実験が成功してから10年後の1948年に、ようやく「ゼログラフィ(Xerography)」として世間に発表されました。「Xerography」はギリシャ語の「xeros(乾燥)」と「graphos(書く)」の合成語です。

ハロイド社はゼログラフィによる複写機の販売を1950年に開始し、製品改良を進めます。1955年からは製品名に「Xerox(ゼロックス)」を冠するようになり、1958年には社名を「Haloid Xerox(ハロイド・ゼロックス)」に変更しました。そして1959年、ついに世界初の普通紙複写機「Xerox 914」を発売します。Xerox 914は大ヒットし、1961年にハロイド・ゼロックス社は「Xerox(ゼロックス)」と改名し、世界的企業へと急成長しました。




ネット動画でXerox 914のテレビコマーシャルを見ることができます。製品の特徴を端的にわかりやすく訴求していて、普通紙複写機の登場が、いかに画期的なことであったかが想像できます。CMとしてのクオリティの高さも印象的です。

アニメ製作プロセスを効率化した「ゼロックス・プロセス」

デジタルアニメが登場するまで、アニメーションの製作工程の中でセル画が重要な役割を持っていました。登場人物、場合によっては目、口、髪や、背景などさまざまなパートをいくつかの透明シートに分けて描き、それを重ねてひとつの画面(映画の1コマ)を作り出します。これを「セル画」といいます。映画では一般的に1秒間に24コマを使います。少しずつ異なるセル画を24コマ分用意して1秒間の動画が作られます。1959年に公開されたディズニー映画『眠れる森の美女』では、300人のアニメーターが100万枚のセル画を手で描きました。

莫大な費用と労力をなんとか抑えたいディスニーが着目したのが、ゼロックス社の複写機でした。自作『101匹わんちゃん』(1961年)では、ダルメシアンの子犬99匹が登場するのですが、複写機を改良したアニメーション用の複写システムによって、セル画を効率的に作り出すことが可能になりました。また、鉛筆で描かれた原画の筆致をスクリーン上にも映し出せるという副次的効果も得られました。この「ゼロックス・プロセス」は、『リトル・マーメイド』までディズニーアニメーションの製作に使用されます。

この手法はまもなく日本でも取り入れられました。日本ではカーボン紙を使った転写方式による「トレスマシン」が考案されます。トレスマシンによる独特の風合いを持つ線が、数々の名作アニメの誕生をサポートしました。


【参考資料】
How Xerox’s Intellectual Property Prevented Anyone From Copying Its Copiers | Innovation | Smithsonian Magazine (https://www.smithsonianmag.com/innovation/how-xeroxs-intellectual-property-prevented-anyone-from-copying-copiers-180972536/)

Xerography | image-forming process | Britannica (https://www.britannica.com/technology/xerography)

Chester Carlson Xerography History (https://www.xerox.com/en-us/innovation/chester-carlson-xerography)

Xerography – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Xerography)
 



印刷(印刷機)の歴史

木版印刷 200年〜

文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法です。

活版印刷 1040年〜

ハンコのように文字や記号を彫り込んだ部品を「活字」(かつじ)を組み合わせて版を作り、そこにインクをつけて印刷する手法を「活版印刷」(かっぱんいんさつ)といいます。活字の出っ張った部分にインクを付けて文字を紙に転写するので、活版印刷は凸版(とっぱん)印刷に分類されます。

プレス印刷 1440年〜

活字に油性インクを塗り、印刷機を使って紙や羊皮紙に文字を写すという形式の活版印刷が、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutengerg)によって初めて実用化されました。印刷機は「プレス印刷機」と呼ばれ、現在の商業印刷や出版物に使われている印刷機と原理は変わりません。

エッチング 1515年〜

「エッチング」は銅などの金属板に傷をつけてイメージを描き、そこへインクを詰め込んで紙に転写する技法です。くぼんだ部分がイメージとして印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。

メゾチント 1642年〜

銅版画の一種である「メゾチント」は階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版印刷に分類されます。

アクアチント 1772年〜

「アクアチント」は銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版印刷に分類されます。

リトグラフ 1796年〜

「リトグラフ」は水と油の反発を利用してイメージを印刷する方式です。凹凸を利用してインキを載せるのではなく、化学反応によってインキを付ける部分を決めます。版には石灰岩のブロックが使われたので「石版印刷」(せきばんいんさつ)ともいわれます。版面がフラットなので平版(へいはん)に分類されます。

クロモリトグラフ 1837年〜

「クロモリトグラフ」は、石版印刷「リトグラフ」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフと呼ばれることもあります。

輪転印刷 1843年〜

「輪転印刷機」(りんてんいんさつき)は、円筒形のドラムを回転させながら印刷する機械です。大きなドラムに版を湾曲させて取り付けます。ドラムを高速で回転させながら、版につけたインクを紙に転写することで、短時間に大量の印刷が可能です。

ヘクトグラフ 1860年〜

「ヘクトグラフ」は、平版印刷の一種で、ゼラチンを利用した方式です。ゼラチン版、ゼラチン複写機、ゼリーグラフと呼ばれることもあります。明治から昭和初期まで官公庁や教育機関、企業内で比較的部数の少ない内部文書の複製用に使われました。

オフセット印刷 1875年〜

「オフセット印刷」とは、現在の印刷方式の中で最もポピュラーに利用されている平版印刷の一種です。主に、書籍印刷、商業印刷、美術印刷など幅広いジャンルで使用されており、世界中で供給されている商業印刷機の多くを占めています。

インクジェット印刷 1950年〜

「インクジェット印刷」は、液体インクをとても細かい滴にして用紙などの対象物に吹きつける印刷方式です。「非接触」というのがひとつの特徴で、食用色素を使った可食インクをつめたフードプリンター等にも利用されています。

レーザー印刷 1969年〜

「レーザー印刷」は、コンビニエンスストアや職場で身近なレーザー複写機やレーザープリンターに採用されている印刷技術です。現在では、レーザーの代わりにLEDも多く使われています。1980年代中ごろに登場したDTP(デスクトップパブリッシング)で重要な役割をはたしました。


最後までお読みいただきありがとうございます。共感する点・面白いと感じる点等がありましたら、【いいね!】【シェア】いただけますと幸いです。ブログやWEBサイトなどでのご紹介は大歓迎です!(掲載情報や画像等のコンテンツは、当サイトまたは画像制作者等の第三者が権利を所有しています。転載はご遠慮ください。)




サイトへのお問い合わせ・依頼各種デザイン作成について


Home
ご依頼・お問い合わせ
Top